第2章 アーノルド♡ハカチェ∞ソクラテスの追想(25)
キクさんは今、猛烈に感動していた。
何故なら、愛しの松尾松男が橋の上を通過しようとしていたからだ。
「松男さまーーーーーーーー松男さまーーーーーーー♡・♡・♡」
必死に心の中で叫んだが、恥ずかしさのあまり声に出することはできなかった。
「松男さまーーーー松男さまーーーーキクは、キクは・・・キ・クーーーー・・・キ・キ・キクは、ここにおりますーーー・・キャーーー・こっぱずかしーーーー♡・♡」
彼女は、さきほど飛び込んだ穴の中で、ネコみたいに丸くなっていた。
そうなのだ・・キクさんの心は激しく動揺して、雲の上を歩いている気分だったのだ。
まさに、白昼夢・・・・彼女の危険な妄想は、ここからどんどんと膨らんで行く・・
・・・やがて、どこからともなく、スピニングワルツの調べが聞こえて来るのだ♪♪
現実を一気に飛び越えた極楽の世界・・・・・彼女は、純白のドレスを身にまとい、松尾松男にリードされながら、空中を華麗に舞っていた。
キクさんは・・・・・まさに、イナリ山の真珠、社交界の宝石、赤城山の大猿渓谷にひっそりと咲くヒトリシズカだった。
しかし、イナリ山音頭しか知らない彼女が、何故、ワルツを踊れるのか、たんと矛盾にみちあふれてはいたが、そんなことはどうでも良いことだったのだ。
・・・そう・・・・・そして・・・・・松尾松男が、耳元でささやくのだ。
「キクさん・・・・・キミは綺麗だ・・・キミの瞳は狛犬のようだね!」
最大限のホメ言葉に、彼女は完全にイッテしまった。
あと一分もすれば、口から大量の泡を噴水のように吹き出すであろう。
!!!!!!!!!!
キクさんが、幸せの絶頂気分に思いっきり浸っている時だった。
ドタ・ドタ・ドタ・ドタ・・ドタ・ドタ・ドタ・ドタ・・・ドタ・ドタ・ドタ・ドタ
服装からして高校生であろうか・・・脱兎のごとく、東の方から土煙を上げて、3人組が走ってきたのだ。
そして、いきなり、松尾松男を取り囲んだのだ。
3人組の中の、ひときわ顔がデカイ奴・・・一塁ベースのよう巨大な人物は、確か見覚えがあった。
・・・・・あれは、イナリ山でベースマンと呼ばれている杉緒杉男ではないか?
彼は、札付きのワルで周りからたんと嫌われていたのだ。
「おい、松尾松男・・・テメー、いい気になっているんじゃねーぞー・・・!」
杉緒杉男が、松尾松男の襟首をつかんだのだ。
同時に、みごとなチームプレイで、脇にいた二人がすばやく後方に回り込み、松尾松男の腕をネジ曲げた。
「おい、松尾松男・・・テメー、生意気なんだよ、周りの女にキャーキャー言われて、のぼせてんじゃーねーぞー!」
「や・や・やーん・・・止めてください・・・何も、してませんよー!」
「うるせー、このスケベ野郎、上級生に口答えすんのか・・・シメてやるんべー!」
杉緒杉男が、松尾松男のレバーにパンチを3発浴びせた。
不意打ちをくらった彼は、「うーーうーーうーー!」と、うめきながら膝から崩れ落ちていったのだ。
追い打ちをかけるように、脇にいた二人が、松尾松男の顔面を踏み潰したのだ。
「グワ・グワ・グワ・グワ・・・・グワ・グワ・グワ・グワ・・・!」
両腕を胸元に組んだ杉緒杉男が、勝ち誇ったように豪快に笑い飛ばした。
「これで色男も、台無しだんべー・・・グワ・グワ・グワ・グワ・・・!」
三人は、いつまでも下品に笑っていた。
!!!!!!!!!
「かんべんできねー・・・かんべんできねー・・・松尾松男様に、こんなヒドイことをするなんて・・・これはイジメだ、ヒガミだ・・・あのベースマンめ・・・おんら、かんべんできねんべー・・・だまって見過ごすなんて・・・おんらには、できねーだんべよー・・・ドッカーーーーン・カンカンカーーーーン!」
キクさんは、心の底から怒りを覚えた。
さっきまでの恥ずかしさなど、とっくに吹き飛んでいた。
彼女は、穴からはい出し、クモ女のように橋の上に這い上がって行ったのだ。
「おい、なんだ、なんだ、なんだ・・・おかしな奴が橋の下から来たんべー・・・?」
突然出現した、モンペ姿のキクさんを見て、一瞬、彼等は固まってしまった。
・・・・・・彼女は、松尾松男の顔を踏み潰している足を、そっと払いのけたのだ。
そして、愛おしそうに、付着したドロを両手ではらったのだ。
「な・な・な・な・・・・なんだテメーはー・・・!」
杉緒杉男が、突然出現したモンペ姿のキクさんに、たじろいていた。
彼女は、涙を流しながら、松尾松男の顔をなぜまわし・・・・・やがて、愛しい彼の頬に、涙がポタポタと落ちていった。
「この野郎、聞こえねーのかー、どこのどいつだー・・・どこのどいつだと言ってんだろーーー・・・聞こえねえのかよーーーーーーーーーーーーー!」
何の反応も示さないキクさんに対して、杉緒杉男はかなり苛立っていた。
「この、あまー、シカトする気かー・・・トボケてんじゃねーぞー・・!」
無視された事で余計に腹が立ったようで、いきなりキクさんの髪の毛を掴み、反転させて眉間にパンチを浴びせたのだ。
・・・・・・・彼女の額から、鮮血がタラリと垂れた。
「・・・キ・キ・キ・キ・・・なぜてくれたんかーーーい・・・ちっとも痛くねーぞーーー・・・屁みてーなパンチだなーーー・・・!」
キクさんは、ボソボソと低音でつぶやきながら、杉緒杉男をガバッと睨めつけた・・・・・
やがて静かに、額の血を左指でなぞり、口に含んだのだ。
背筋が凍るとはこのことだろうか・・・・・彼は言い知れぬ悪寒を、背中に感じた。
杉緒杉男は、やってしましたのだ・・・・・・知らず知らずのうちに、彼女の怒の導火線を踏んでしまったのだ。
ドッカーーーーーーーーン・・・ドッカーーーーーーーーーン・・・!!!
ドッカーーーーーーーーン・・・ドッカーーーーーーーーーン・・・!!!
もはや、彼はヘビに睨まれたカエル・・・決して後戻りができない、禁断の迷路に、足を踏み入れてしまったのだ。
キクさんの眼力により体が金縛りにあい、身動きが出来なくなっていた。
あわれな杉緒杉男は、これから本当の恐怖を味わうことになるのだ。
来月号に、つ・づ・く  ♪ ♪ ♪
☆バンビー。
【語り手】アーノルド♥ハカチェ∽ソクラテス