第2章 アーノルド♡ハカチェ∞ソクラテスの追想(7)
小学校4年の夏・・・何気なく目にした写真に、心が強く引かれたことがあった。
その思いは、ただ心が引かれたというよりも、初恋に近い感情だったのかも知れない。
見れば見る程に胸が熱くなり、心臓の高鳴りを感じたことを覚えている。
他人に知られてはならない秘密を持ってしまったことの切なさ、決して会うことのできないやるせなさ。
見るたびに、頭の中だけでクルクルと、その思いだけが駆け巡る。
ただただ、苦しい・・・誰にも伝えることのできないもどかしさ・・・訳のわからない感情に支配されて、モンモンとした夜を過ごす。
・・・そうなのだ・・・それはイナリ山小学校4年の7月・・・図書館で偶然に目にしたものなのだ。
何気なく開いた一冊の本。
全国小学校写真展の入選作の中に、「ボクの妹」という題で掲載されていたポートレートだった。
紺のセーターを着用したマン丸顔の女学生で、二本に網んだ髪の毛が胸元にぶら下がっていた。
両手で一厘のコスモスの花を持ち、大きな瞳でじっと前を見ている。
一見、何の変哲もないフォトだったが、何故か、強く魅かれたのだ。
図書館に立ち寄るたびに、いつしか最初に手にするものがその本になっていた。
私は、そのポートレートに向かって気恥ずかしそうに「こんにちは!」と、心の中で何度も挨拶をしたのだ。
時間が経つに従い「元気ですか!」「また、会えたね!」と、言うようになった。
やがて、厚かましくも、ユウゾウ・カヤマのマネをして歌うようになっていた。
「♪ 幸せだなー・・・ボクは君といるときが 一番幸せなんだー、ボクは死ぬまで 君を離さないぞー、いいだろう・・・ ♪」
一人でテレまくっている姿を傍から見れば、「・・・アイツは、アブナイ奴だ!」「・・・アイツは、イッテしまったのか!」と、思われたかも知れない。
だが、そんなことはどうでもよかったのだ。
なにより、1冊しかない本が貸出禁止になっていたため、余計に思いが募っていたのだ。
・・・・・そして、ユウゾウ・カヤマに飽き、ミツオ・サガワになって行った。
「♪ 遅かったのかい キミのことを、好きになるのが 遅かったのかい ♪」
私は、これでも満足することができずに、今度はユカリ・イトウになった。
「♪ あなた噛んだ 小指が痛い、きのうの夜の、小指が痛い ♪」
そして最後は、やはりユウゾウ・カヤマにもどり、「蒼い星くず」を、床ホウキを胸にかかえて熱唱したのだ。
「♪ たった一人の 日暮れに、見上げる夜の 星くず、ボクと君の ふたつの愛が、風にふるえて 光っているぜ、♪」
この頃になると、図書館では完全にマークされる人物になっていた。
そうなのだ・・・・欲張りな私は、ありとあらゆるバリエーションを楽しんでいたのだ。
!!!!!!!!
相変わらず、フォトばかりに気をとられていた私には、周囲が見えなくなっていた。
作者は、どこの誰なのか、どこの学校なのか・・・・・・それまで、まったくと言っていいほど、疑問に思わなかったのだ。
そんな時、偶然にも、一つ前のページに戻ることがあった。
「オレの妹」という作品は、中段の準特選の中にあった。
なんと、なんと・・・そこに・・・・・入賞者の学校名と氏名が掲載されていたのだ。
その名前を見たとたん、心臓がドキンドキンと大きく脈を打った。
あまりの衝撃に、過呼吸になってしまう程だった。
私は、震える右手で文章を何度もなぞった。
そこには・・・「イナリ山小学校4年 藤崎尊氏」と、書いてあったのだ。
「イ・ナ・リ・山・小・学・校」・・・・・そうなの・・・、驚いたことに、作者は同じ小学校・・・しかも、同級生だったのだ。
「♪ 誰だ、誰だ、誰だ、空のかなたに踊る影、白い翼のガッチャマン・・・・・ ♪」
そうなんです・・・とうとう私は、科学忍者隊ガッチャマンに変身したのです。
彼を発見すべく、科学の力を使い、全力で捜索に乗り出したのです。
!!!!!!!
まず、向かったのは下駄箱でした。
そこには、名前が書いてあるはずたからです。
だが、それは無駄足でした。
不埒な輩が描いたのか・・・・・下駄箱には、名前のかわりに、ヒゲのはえたストライクのマークが沢山あったのです。
私は、いたく落胆しました。
・・・・・イナリ山には、真の芸術はないのか・・・真の文化はないのか?
そんな怒りで、私は震えていました。
憤慨しながらも気を取り直し、次に教室に向かったのでした。
クラスには、当番表が掲示されているはずたからです。
でも、これも無駄足でした。
やはり、りっぱなヒゲのはえたストライクのマークが、たんと描いてあったのです。
「この野郎、いいかげんにしろー・・・なんで、こんなマークばっかり描くんだ!!!」
ふざけた輩に、再び激怒しました。
が・・・・・その時、「写真」という言葉が急に頭に浮かんだのです。
当時、マイ・カメラを持っている人は限られていました。
我々庶民に出来ることは、せいぜい、塗り絵くらいのものでしたから。
だから、捜し求める人物は、あきらかに・・・「裕福な家庭」・・・それ以外には考えられません。
今なら、デジカメやスマホで自由に撮影できますが・・・小学生が写真展に出品するなど、当時としては皆無です。
セレブ家庭・・・・・そうです・・・セレブと言えば、ジミー隊長です。
彼以外には、考えられません。
私は新たなる情報を求めて、ジミー隊長の家へと全力疾走したのです。
来月号に、つ・づ・く・・・♪♪♪
【語り手】アーノルド♥ハカチェ∽ソクラテス