第2章 アーノルド♡ハカチェ∞ソクラテスの追想(9)
ジミー隊長の家は、学校から徒歩で20分程のところにあった。
正直屋という屋号で、今で言うコンビニみたいな店を経営していたのだ。
大通りに面していて車の便も良く、早朝から深夜まで営業していたため、いつも客足が絶えなかった。
かなりの繁盛店で、客の要望には何んでも応えてくれた・・・・・駄菓子・野菜・鮮魚・肉類・洋服・下着・焼きまんじゅう・うどん・そば・定食弁当・・・・・とにかく、品揃いが豊富だった。
おまけに、子供が楽しめるようにと田んぼを埋め立てて、ミニ遊園地までも作っていたのだ。
手作りの遊具や、巨大な砂山・・・・・放牧したヤギ・ニワトリ・ウシ・ブタ・野良ネコ等は、サファリ呼ばれていたが、掃除が行き届いていないため、とにかく悪臭がひどかった。
たんと鼻が曲がったが、そのうちにマヒしてしまい、何も感じなくなってしまったところが、恐ろしかった。
その中での一番人気は、やはり泥ダンゴの作れる砂場だったかもしれない。
夏になると、砂場に井戸から水をくみ上げて泥のリングを作り、プロレス大会が連日、開催された。
興行主は、もちろん正直屋のご子息でもあるジミー隊長で、彼は下級生の隊員を相手に連戦連勝し、ごきげんな日々を過ごしていたのだ。
隊長の必殺ワザは、アントニオ猪木のコプラツイストとミネソタの帝王バーン・ガニアのパイルドライバーだった。
時おり、ジン・キニスキーのブレーンバスターを仕掛けたが、頭上に持ち上げる前に相手が落下してしまい、うまく決まらないことが多かった。
隊員は、それぞれ得意技が与えられていて、トラオはドロップキック、タケはアイアンクロー、ハツはフライングソーセージ、私はニードロップだったと思う。
ニードロップというワザは、コーナーポストの最上段から急降下して相手に膝を打ち付けてダメージを与えるのだが、肝心のポストがなかったため、一度も使用することはなかった。
そして、この大会にはお約束事があって、隊長との試合の時は全員悪役になりきり、必ず負けなければならない。
最初の頃は対戦を嫌がっていたが、ボーナスとして正直屋の売れ残りである当時としては豪華なフルーツが付いたので、皆、こぞって参戦するようになった。
特に敢闘賞には、房状のタイワンバナナが支給され、たいへん人気があったのだ。
しかし、その景品を獲得するためには、おおいに隊長を喜ばせなければならない。
そんな中、一番の名役者で助演男優賞はタケだったと思う。
彼は全身に泥をぬり、悪役をオーバーアクションで演じてみせたのだ。
フリッツ・フォン・エリックの鉄の爪アイアンクローで隊長を執拗に追い詰め、これでもか、これでもかと次々に反則攻撃を繰り出すのだ・・・・・隊長は、これでMにめざめたのか、それとも、生来のドMだったのか・・・・・苦しみ,もがき、耐え忍ぶことの繰り返しにより、いつしかエクスタシーを感じていたように見えた。
もがき、苦しみ、耐え忍んだ試合・・・・・・そうなんです・・・・・最後は、お約束通り、隊長の「怒りの浅間山大噴火」でシメとなるのです。
まずは、燃える闘魂アントニオ猪木のコプラツイストで、タケをグイグイと締め上げる。
しかし、悪役は、ここで簡単にギブアップをしてはいけない
敢闘賞を獲るためには、やはり必殺技に耐えて耐えて耐え忍ばなくてはならないのだ。
それが、隊長をよろこばせるための必要十分条件なのだ。
苦しくても、バカバカしくても、頑張ってドラマを最後まで盛り上げなければならないのだ。
試合の途中で、これまた名脇役で天然パーマのトラオが絶妙なタイミングで、タケにドドメを渡す。
そして、彼は手慣れた仕草で、何気なくドドメを口に含むのだ。
・・・・・・・・やがて、隊長の体力が限界に近づいたころ、トン・ガバチョみたいな丸い顔を三回ほど両手で撫でまわす。
彼は・・・・突然、この怒りを観客と共有しようと、唐突に叫び始めるのだ。
「ヒヒーン・・・ヒヒーン・・・ヒヒーン・・・ヒヒーン・・・!!」
すると、隊員たちも「あんたが正しい、あんたが正しい、あんたのお怒りはごもっともです。」と言わんばかりに、「ヒヒーン・・・ヒヒーン・・!!」と共鳴するのだ。
怒りのボルテージはマックスに達し、彼は自分の主張が通ったことに自信を深めて、闘魂パンチをボディ-にめりこませる。
その瞬間、タケは絶妙のタイミングで、口の中で噛みくだいていたドドメを、一気に吹き出すのだ。
赤い血のりが空中に舞う・・・このグロテスクなまでのエクスタシー、理不尽な怒り、自分勝手にドラマが進行する中、隊長はお決まりのお言葉を口にする。
「ヒヒーン・ヒヒーン・・・・・んじゃ、そろそろ、サンスの川を渡ってもらおうか・・・ヒ・ヒ・ヒ・ヒ・・・・・・ヒヒーン・ヒヒーン・・・!」
余談であるが、隊長は舌足らずのため、三途をサンスと言っていた。
だが、これで終わりではない。
「う・ひょ・ひょ・ひょ・ひょ・・・・・そうかいそうかい・・・ソーカーイ・ソーカーイ・ソーカーイ・・・・・!!」
タケが,そう快に叫んで試合を盛り上げるのだ。
「血迷ったか、このブタ野郎めー・・・ヒヒーン・ヒヒーン・・!!」
ブタ野郎は、風貌からしてジミー隊長の方が正解だった。
「ん・じゃ、いよいよ浅間山大噴火だ、受けて見ろーや、このブタ野郎めー!!」
何度も言うようだが、ブタは隊長の方だった。
・・・:・・・・彼は、タケの頭を両足で無理やり挟む。
そして、温存していた切り札を使うのだ・・・・・・・それは、ミネソタの帝王バーン・ガニアになりきり、必殺のパイルドライバーを決めることだ。
「ヒヒーン・・・ヒヒーン・・・・とっとと、とっとと、サンスの川を、わたってきねーかい・・・・・・ヒヒーン・ヒヒーン・・・・・!!」
隊長は,舌足らずのため、相変わらず三途をサンスと言っていた。
「う・ひょ・ひょ・ひょ・ひょ・・・・・ソウカイ・ソウカイ・・ソーカーイ!!」
タケがそう快に叫んで、試合を盛り上げる。
「血迷ったか、このブタ野郎め・・・浅間山大噴火だー・・・ヒヒーン・ヒヒーン!」
相変わらず、ブタは隊長の方だった。
いよいよ浅間山大噴火・・・・・必殺攻撃を受けたとたん・・・タケは、映画「犬神家の人々」の1シーンのように、泥の海に頭を突っ込んだまま逆立ちをして、直立不動でつま先をピンと伸ばし、空に突き立てて、みごとに静止する。
「キマッター・・・きめやがったぜー・・・いいぞー正直屋・・・!!!」
余談であるが、隊長のリングネームは正直屋ヒッチコックだった。
もちろん、アメリカの芸能界を目指して名付けたものなのだが、本人はその意味を全然理解していなかった。
単に、ハリウッドの街中を歩く、陽気なカールおじさんとしか見ていなかったようだ。
やがて・・・・・・・・熱い興奮の渦巻く中、隊長が右手を高々と突き上げ、勝利宣言をすると、パラパラと拍手が湧き上がり、このドラマが終了する。
正直屋ヒッチコックは、母親のカネコさんが使用していた赤い半纏をガウン代わりに羽織り「ヒヒーン・・・ヒヒーン・・・ヒヒーン・・・!!」と叫びながら、さっそうとリングを後にするのだ。
「決まってるぜーー正直屋・・・・・しんびれるぜーー正直屋・・・!!」
隊員は、ありったけの声を張り上げて、ジミー隊長を歓喜の渦で包み込む。
決して、最後まで手抜きをしてはならないのだ。
何故なら、彼の気持ち一つで、ボーナスであるフルーツの量が変わってしまうからだ。
!!!!!!!!!!!
来月号に、つ・づ・く  ♪ ♪ ♪
☆バンビー。  
【語り手】アーノルド♥ハカチェ∽ソクラテス