第2章 アーノルド♡ハカチェ∞ソクラテスの追想(63)
「ハカチェ、おぼえている・・・?」
初恋桜の木の下でくつろいでいると、どこからともなく女の子の声が聞こえてきたのだ。
ウソだろうと思いつつ、周囲を見回したが、人の気配はなかった。
きっと疲労からくる幻聴だろうと、しばらくの間、目を閉じていると・・・・・
また、同じ声が聞こえてきたのだ。
「ねえ、ハカチェ、おぼえている・・・・?」
誰か、近くにいるのだろうか・・・?
・・・今度は、注意深く周囲を観察したが・・・やはり、誰もいなかった。
・・・そばにいるのは、クメだけだった。
「ねえ、ねえ、ハカチェ、おぼえている・・・!」
よもやチノビか・・・と、思いつつ、クメに目で合図を送ると・・・
なんと、なんと、とっとっとーーーーん・・・!
なんと、なんと、とっとっとーーーーん・・・!
クメの口が動いているではないかーーーーーーーい・・・!
「おめー、腹話術のケンちゃんが出来んのかー・・・!」
私は、思わず叫んでしまった。
「ケンちゃんじゃないよ、ちゃんとお話しをしているんだよ。」
「ウソだんべー、おめーはチノビかー、声が違うぞ・・・!」
私は、思わずファイティングポーズをとったのだ。
「違わねー、わたしは、わたしだよー・・・!」
「ウソだんべー、なんで、女の声なんだよー・・・!」
「女の子だからだよー・・・!」
「ウソこくなー・・・だって、クメって背中に書いてあるんべなー・・・!」
「あれは、よそん家からの貰い物だー、わたしの名前じゃねーぞー・・・!」
「うそだー、うそだー、オニのようなボーボーを見たぞー・・・!」
一瞬、「しまった!」と、思った。
あの事は、封印されたパンドラの箱だったはずだ。
決して口外してはならない、マル秘物件だったのだ。
その瞬間、クメの顔が一気に曇り、目には大粒の涙が溢れだしたのだ。
「わりー・わりー・・・あん時はさー、ケバにゴミが付いていたんで、クリーニングをしただけなんさー、悪気は、なかったんさー・・・かんべんなー、かんべんなー・・・!」
「ウソだー、しっかり見ていたぞー・・・!」
まさに、ズボシだった。
クメは大粒の涙を浮かべて、くやしそうに反論してきた。
「かんべんなー、かんべんなー、許してくれー・・・!」
私は土下座をして、必死になって謝罪をしたのだ。
・・・が・・・・・・沈黙の時間だけが・・・ただ、流れて行くのみだった・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
!!!!!!!!!!!
「じゃー、約束を守って・・・!」
クメは思いつめたように、拳を握って問い詰めてきたのだ、
「なんだよー、約束ってー・・・?」
「約束どおり、結婚してくれー・・・!」
「何を言ってんだよー、男とは結婚できねーぞー・・・!」
利根川での恐怖体験で、脳ミソが腐ってしまったのかと思った。
「男じゃない、女だー・・・わかくさ保育園のふじ組の時、初恋桜の木の下で約束したぞー・・・約束したぞー・・・!」
・・・約束・・・約束・・・何だろうか・・・・・?
はたして、そんな無謀な約束をしたのだろうか・・・思い返してみたが、何故か、小学校入学以前の記憶が、完全にブッ飛んでいたのだ。
私が必死になって記憶をたどっていると、突然、クメが逆マウス・ツー・マウスを仕掛けてきた。
あまりにも唐突な行為に、私はパニクッてしまったのだ。
「何をするんだ、オレは呼吸をしているぞ、心臓も動いているぞ、止めろー、止めるんだー、これは利根川の仕返しかー、止めろー、止めてくれー・・・!」
このままでは、酸素不足で窒息してしまう。
花粉症で、鼻呼吸ができないのだーー・・・!
両手を振り払おうと頭を左右に必死に振ったのだが、完全にロックされて身動きができなかったのだ。
やがて、意識が薄れはじめた頃・・・失神する寸前で、なんとか解放された。
「初恋桜に誓って・・・!」
そう言うと、クメは強引に私の手を掴み、桜の幹に押し付けたのだ。
私は、意識が混乱していて、マリオネットみたいにクメのなすがままだった。
そして、ふたたび逆マウス・ツー・マウスを仕掛けてきたのだ。
私は酸素不足に陥り、完全にイッテしまった。
!!!!!!!
・・・気が付くと、初恋桜の枝が優しく風にゆれていた・・・
・・・そして、そこには、クメの姿はなかったのだ・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
P.S
大木に誓うという、あのシュチエーションには、たしか見覚えがあった。
それは当時、テレビで「愛染かつら」という昼メロが流行っていたのだ。
大病院の長男と、美貌の看護師との恋愛モノである。
式典で、看護師がウタを歌い長男がピアノを演奏したことで、二人の仲が急接近するのだ。
やがて、誠実な長男から求婚をされるのだが、彼女には素直に受け入れない秘密があった。
それは、亡夫との間に子供がいたからだ。
しかし、ここは昼メロ・・・二人の愛はメラメラと燃え上がり、すぐに結ばれるのかと思われたが・・・信じられないような、二重三重の苦難が次々と襲来する。
そして、お約束の恋の逃避行が始まるのだが、何故か失敗してしまうのだ。
残酷な運命に引き裂かれた看護師は、突然、プロ歌手としてデビューする。
ナース服を身にまとい、ステージに上がると、観客席にいた昔の同僚の看護師たちから温かい拍手が送られるのだ。
感激して楽屋に帰ってくると、入口には・・・なんと・なんと・とっとっとーーーん
・・・ずっと会えなかったイケメンの彼が待っていたではないかーーーい!
すべての誤解がとけた翌日、彼等は「愛染かつら」の大木の前で互いの手を握り、永遠の愛を誓うのだ。
めでたし、めでたし。
と、言うストーリーだったような気がする。
その頃、イナリ山の中年おばやん達が、涙をドバドバと流しながら、テレビ鑑賞を熱心にしていた。
・・・やはり、あいつも・・・昼メロを見ていたのだろうか・・・
・・・わかくさ保育園の初恋桜の木の下での誓い・・・
・・・当時、いったい何があったというのだろうか・・・・
・・・何を誓ったというのだろうか・・・・
・・・私には、何も思い出すことができなかった・・・
・・・小学校以前の記憶が、完全に消去されていたのだ。
・・・♪花も嵐も踏み越えて、行くが男の生きる道♪・・・
放心状態の中、昼メロの主題歌である「旅の夜風」を、無意識のうちに口ずさんでいた・・・・・・
バンビー。
来月号に、つ・づ・く ♪ ♪ ♪
【語り手】アーノルド♥ハカチェ∽ソクラテス