第2章 アーノルド♡ハカチェ∞ソクラテスの追想(77)
権さんが全速力で飛び込んだ正直屋のトイレは、駐車場の北側の角にあった。
典型的なポットン便所で、当時としては極めてオーソドックスな建物であった。
店主のカネコさんが大工の赤熊さんに造らせたもので、値切に値切ったものだがら風が吹くとカタカタと音がして、イナリ山村民からは幽霊便所として恐れられていた。
それでも完成時には盛大に竣工祭が行われ、一番便所を果たした人には粗品がプレゼントされたのだ。
同時に、正直屋のセールも行われ、おおいに盛り上がった。
祭の当日には早朝から行列ができて、一番乗りを果たしたツル大先生が盛大にコケラ落としを果たして、使用前・使用後を饒舌にアピールしたのである。
「諸君、これは素晴らしい・・・ただただ、すばらしいーーぞーーーー・・・!
本当に、すばらしーーーーい・・・すばらしい、すばらしーーーーーい・・・!
まさに、イナリ山の誇りだ、パラダイスだ、楽チンだー・・・正直屋、ばんざーーい・・・!」
村民には、何が素晴らしいのか何がイナリ山の誇りなのか、全く響いて来なかったが、正直屋は順調に売り上げを伸ばしていったようだ。
ツル大先生は絶叫を繰り返すと、突然大きな放屁を連続で発砲した。
やはり、これは、仕組まれた予定の行動だったのだろう。
してやったり顔のカネコさんから、岡本本家の清酒キンカメを受け取ったツル大先生は、ゴキゲンで帰って行ったのである。
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やがて、冬が近づく頃になると、イナリ山には赤城おろしが吹き下ろしてくる。
北にそびえる赤城山から吹く風は、ここで一気にグイーーンと加速して、すべての木々をなぎ倒し、からっ風となって暴れまくるのだ。
カタコト・カタコトと貧乏ゆすりのような音を立てるトイレは、必然的にからっ風に吹き飛ばされるであろうと、誰もが予想していた。
・・・はたしてそれは、いつの日になるのだろうか・・・・・?
イナリ山村民の注目が集まる中、竣工から一週間後・・・クリスマスの前夜に、大事件は発生したのである。
最初の犠牲者は、カメ師匠であった。
ルンルン気分で和式便器にまたがり、思いっきり力んでいると、突風が襲ってきたのだ。
「ゴーゴーゴー・・・グォーーーン・・・・!」
トイレはフワリと空中に舞い上がり、100メートルも南にあるツル大先生の田んぼの真ん中に、華麗なポーズで着地したのだ。
それは、芸術的で哲学的でもあった。
あたかも、そこが本来の居場所であったかのような、気品に満ちたお姿で鎮座したのだ。
一方、中にいたカメ師匠は、まるで乗馬の騎士のように、華麗なるウンチングスタイルで真っ白な便器に必死の形相でしがみついていたのである。
「ウーーウーーーウーーー・・・・・!」
ジョッキーに変身した師匠は、粗末な下半身を思いっきり露出して悶えていたのだ。
周囲には、世紀の現象を一目見たいと、イナリ山村民が待機していたのであるが・・・
「やったぞー、やったぞー、やりおったぞーーー・・・・!」
歓声とともに、パラパラと一斉に拍手が沸き上がった。
これを目撃した村民たちは、口々に「すばらしい・すばらしい・・・!」と、叫びながら、快い高揚感に包まれたのである。
大量のドーパミンが発生して、イナリ山村民を幸福にしたのだ。
その後、カメ師匠は何かを持っている男として、イナリ山7大賢人の一人としてイナリ山の歴史に深く刻まれたのであった。
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P・S
当時のトイレットペーパーは、現在のようにソフトな物ではなく、ほとんどが新聞紙で代用していた。
両手で、ぐちゃぐちゃと揉んで使用するのだが、使用感は最悪だった。
紙は30cm四方にカットされたもので、こするとインクが付いて青くなり、時折、印刷文字が付くこともあった。
正直屋のトイレには、この他にも桑の葉と直径1メートルほどの荒縄が置いてあった。
桑の葉には小さいトゲがあり、うっかり使用すると、かぶれて猛烈なカユミを伴うので注意が必要だ。
荒縄は股の間に挟み、前後に動かして使用するもので、高齢者には好評だった気がする。
ただ、調子に乗って激しく動かすと、荒縄のササクレ立った部分が肛門に突き刺さるため、これは、ベテラン向きであったろう。
初心者には危険であり、決して興味本位で手を出してはいけない一品であったと思う。
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来月号に、つ・づ・く  ♪ ♪ ♪
【語り手】アーノルド♥ハカチェ∽ソクラテス